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佐野市とは

栃木県の南西部に位置し、2005年2月に田沼町、葛生町と合併し、人口12万人、面積356k㎡となった。足尾・日光の山々が北西部に広がり、渡良瀬川が南部に流れる。
平安時代末より藤原秀郷の流れを汲む佐野氏一族が栄え、江戸時代は日光例幣使街道の宿場町として賑わった。 明治時代は渡良瀬川で足尾鉱毒事件が発生し、佐野出身の田中正造が農民側に立って、政府・企業と闘った。 近年は、国道50号沿いに大規模小売店が出店し、2011年3月19日に北関東自動車道が開通し北関東の外周高速網により便利になった。モータリゼーションの波に乗って発展しつつある。北関東の立地を生かしてゴルフ場が多く、佐野ラーメンと佐野厄除け大師が有名である。


ご当地グルメ

●佐野ラーメン

「佐野ラーメン」の歴史は大正初期に始まると言われ、当地に住んでいた中国人のペンさんから発展し、青竹踏みの製麺法を学びました。現在も継承され、値段も安く好んで食べられています佐野ラーメンの中身の中心は名水百選にも選ばれている出流原弁天池湧水にこの地方にあるおいしい水と、細めの縮れ麺、カツオ節でとった透き通った醤油味のスープは年配の方にも好評です。
トッピングはチャーシュー、メンマ、ナルト、ネギなどが主流です。特にチャーシューは食べ応えもあり絶品です。佐野市内に200店舗近くのラーメン店があり、それぞれが佐野ラーメンの味をまもりつつ、あらたな味に挑戦をしています。

●いもフライ

いもフライ(いもふらい、イモフライ)とは、蒸かしたジャガイモを一口大に切り、小麦粉とパン粉などで作った衣につけ、油で揚げた料理。日本全国に見られるが、群馬・栃木両県にまたがる両毛地域と、その中でもとりわけ栃木県佐野市においては常食である。 串に刺してから揚げるのが一般的で、地元産のソースを使用するなどの特徴がある。
佐野市では、いもフライをメインで扱っている店舗が約30軒と多くある。



佐野市出身の著名人】

田中正造 - 明治時代の衆議院議員
丹羽基二 - 苗字研究家
石井琢朗 - プロ野球選手
小関竜也 - 西武ライオンズなどに所属していた元プロ野球選手
石川俊介 - 阪神タイガース所属のプロ野球選手
戸叶尚 - 横浜ベイスターズなどに所属していた元プロ野球選手
河口恭吾 - シンガーソングライター
崎山龍男 - ロックバンド、スピッツのドラマー
榊原広子 - 歌手グループ、ダ・カーポのボーカル、作詞担当
大出直三郎 - 民謡歌手。「越名舟唄」などで知られる。
Yumix - タレント
三門順子 - 歌手
二代目神田愛山 - 講談師


佐野市の民話 ムカデ退治】

近江国瀬田の唐橋に大蛇が横たわり、人々は怖れて橋を渡れなくなったが、そこを通りかかった俵藤太は臆することなく大蛇を踏みつけて渡ってしまった。その夜、美しい娘が藤太を訪ねた。娘は琵琶湖に住む龍神一族の者で、昼間藤太が踏みつけた大蛇はこの娘が姿を変えたものであった。娘は龍神一族が三上山の百足に苦しめられていると訴え、藤太を見込んで百足退治を懇願した。 藤太は快諾し、剣と弓矢を携えて三上山に臨むと、三上山を7巻き半する大百足が現れた。藤太は矢を射たが大百足には通じない。最後の1本の矢に唾をつけ、八幡神に祈念して射るとようやく大百足を退治することができた。藤太は龍神の娘からお礼として、米の尽きることのない俵などの宝物を贈られた。また、龍神の助けで平将門の弱点を見破り、将門を討ち取ることができたという。



アクセス


●列車で行く
佐野市街部へ行くにはJR両毛線と東武佐野線の駅である佐野駅で下車。
・JR佐野駅へは・・・・JR両毛線 栃木駅から約16分、足利駅から約14分。
・東武佐野線佐野駅へは・・・ 東武佐野線 特急「りょうもう」で、浅草→佐野市 約85分。 東武佐野線 普通で、館林駅→佐野駅 約16分。

●車で行く 一般国道
・国道50号線(前橋-伊勢崎-桐生-足利-佐野-小山-結城-笠間-水戸)
・国道293号線(足利-佐野-栃木-鹿沼-宇都宮-那須烏山-常陸太田-日立)


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