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力じゃなく元気が必要、エネルギーがあるところに人は寄ってくる!



ミツハソース株式会社
早川 隆
1964年7月4日生まれ 47歳 昭和8年のミツハソース株式会社の代表取締役。人気お笑い芸人、U字工事とコラボソースや継続的人気のあるフルーツソースを販売中。また、佐野市に本部を置く「いもフライ協会」事務局長で、全国にいもフライを広める活動にも力を入れている。過去、横浜球場で3万本売れた実績がある。


人物紹介!
お久しぶりです、有限会社ipocketの林弘之と申します。 本日はお忙しい中ありがとうございます
早川社長 早川です。商工会の記念大会以来だね、今日は何でも聞いてください。
まずは早川社長のプロフィールを教えてください。
早川社長 1964年7月4日生まれの47歳。創業昭和8年のミツハソース株式会社の3代目です。
以前からずっとソース屋さんだったのですか?
早川社長 先々代は、カレー粉屋さんで、粉カレーを佐野中心に販売していました。 カレーとソースは、原材料の香辛料が同じなんですよ。
早川社長はそれ以外にも「いもフライ協会」を立ち上げ、事務局長もされていますが、何故、いもフライ協会を創られたのですか?
早川社長 まずは、ソースを知ってもらう。それには、単独じゃ難しいから、ソースとセットのいもフライを盛り上げてセールスプロモーションを行ったわけです。地元には、ソース会社がうちを含めて2社がありまして、一緒に協会運営基金を出してやらせていただいています
正直にお話いただいてありがとうございます(笑)。 でも、協会やイベント運営など、どうしてそんなにアグレッシブに動けるのですか?
早川社長 父親が早くに亡くなり、番頭さんたちにかわいがってもらったので、何不自由なく育ったのですが、「何事も地域一番にならなくちゃダメだ」という親父の教えが大きいですね。だけど、ソースじゃ日本一にはなれません。何故ならソースは、国内600億円市場で、おたふくソース、ブルドックソースで300億円のシェアを占めてしまっています。でも、ソースって、実家に帰った時に食べる故郷の味が一番美味しく感じるものです。そこでやはり、地元に愛されるものをやらなくてはいけないなと思っています。それにしても、戦略を立て、長年かけて努力しないと地方のソース屋さんは生き残れません。色々な物を巻き込んでいかないと。巻き込む力”がない奴はダメですよ。
その早川社長の巻き込む力もあって“いもフライ”の勢いはすごいですからね!
いもふらい協会
早川社長 今もいもフライの会で、イベントの依頼が50件くらい来ていますよ。利益は、事務局の従業員に回していますから、儲かるわけではありません。けど、この運動で色んな縁ができて、つながることも多いです。また、県外のイベントとして、ツインリンクス茂木で毎年行われているカーレースイベントのインディジャパンに出展で呼んでもらっています。全国からたくさんの人が来場するので、毎年 いもフライとソースを買ってくれる人が増えてますよ! このイベントも毎回赤字ですが、レースも好きだから半分趣味でやっています(笑)。他にも東京都庁や六本木ヒルズのイベントもあるので、ソースやいもフライの普及は着々と進行しています。
そんな実績のある早川社長から見て、佐野市の経済活性化に必要なものは、何だと思われますか?
早川社長 栃木県の特に県南の人たちにある気質ですが、自分たちで積極的にアピールしないで、東京から拾われるのを待っている人が多いですね。県北は、宇都宮の餃子にしても東京に押し出していく力があります。佐野市や県南は、アピール力が弱い。例えば、佐野市は都心から数十分で来られるからインパクトが弱いんですよ。遠く離れた所に苦労して旅行に行くと、食事ひとつにしても人は美味く感じるものです。距離が近いのは、本当は利点にもなるのに逆に埋もれてしまう。でも、今後は、若い人たちが佐野市から色々なことを発信して活性化していくと思います。
佐野市の良いところは?
早川社長 いいものを持っていることを分かっていないのが良いところじゃないですかね。東京に近いのでセンス的にも東京に近い。それだけに「東京にこんなもの出してもいいの?」という気持ちになってしまって宣伝をすることをためらっている。誰からでもいいから「ここにいいものがあるんですよ」と宣伝するアピール力が必要だし、メディアを取り入れる仕掛けが必要でしょう。何も奇抜な新しい物を無理やり作ることもない。今あるものを持っていくだけでいいんですよ。佐野の出流原は、マイナスイオンに溢れていて素晴らし。佐野一族が守っていた唐沢山は、全国的に見ても珍しい城壁が残っている。鉄砲台があって城の専門家によると非常に堅固で落ちない戦略的に優れた城だった。眺めがいいし、城マニアにはたまらないみたいですよ(笑)。また、私は外部の人との付き合いも多いので、色々とアドバイスをもらえるのですが、菊沢川って綺麗な川があるので、すごくいいじゃないですかと言われます。しっかりとしたおもてなしができて、半日で帰れる近場のリゾート地ってカテゴリーだって作れるはずです。
“はい”から始めよう!
佐野市の活性化に向けて何か企画はありますか?
早川社長 食文化はいいと思うし、タレントさん使うのはどう? うちは「U字工事さんのソース」ということでメディアにも取り上げてもらったからね! こういうのも下野新聞社さんの縁で実った話。そこからのイベントでソースを食べてもらってファンになってもらったから、“はい”と言ってもらった。“はい”と言わないと何にも始まらないんだよ。“はい”から始めよう! 俺は、力はないけど、何でも“はい”と受けるのが取り柄。何でも使ってもらえればいいじゃない。「あいつは必ず“はい”と言うからな」って思われれば上等!  それでみんなで盛り上げていかなくっちゃ! そういう流れをどんどん作ってもらいたい。とにかく人が来てくれればいいんだから。町興しは面白くやらないとダメ。その時間を作ることが元気になる。「東京の玄関口である」って、どんどんアピールすればいいんだよ!
最後に佐野市の中小企業経営者の皆様にメッセージをお願いします。
早川社長 元気があるところにしか人は寄ってこない。元気なことを言っておかないと人は集まってこないから。エネルギーを発信していきましょう! 力はなくても元気であることが重要だと思うよ!
早川社長 本日はありがとうございました。



  感想
これぞパワーの塊という早川社長。本音連発のすばらしい取材でした。それだけに伝わる解りやすさがあり、裏表のない人柄とパワーでたくさんの人が早川社長の周りに集まってくるのが理解できました。